戻る

「九条の会」アピール

 日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。
 ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、五千万を越える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。

 侵略戦争をしつづけることで、この戦争に多大な責任を負った日本は、戦争放棄と戦力を持たないことを規定した九条を含む憲法を制定し、こうした世界の市民の意思を実現しようと決心しました。

 しかるに憲法制定から半世紀以上を経たいま、九条を中心に日本国憲法を「改正」しようとする動きが、かつてない規模と強さで台頭しています。その意図は、日本を、アメリカに従って「戦争をする国」に変えるところにあります。そのために、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派兵と武力の行使など、憲法上の拘束を実際上破ってきています。また、非核三原則や武器輸出の禁止などの重要施策を無きものにしようとしています。そして、子どもたちを「戦争をする国」を担う者にするために、教育基本法をも変えようとしています。これは、日本国憲法が実現しようとしてきた、武力によらない紛争解決をめざす国の在り方を根本的に転換し、軍事優先の国家へ向かう道を歩むものです。私たちは、この転換を許すことはできません。

 アメリカのイラク攻撃と占領の泥沼状態は、紛争の武力による解決が、いかに非現実的であるかを、日々明らかにしています。なにより武力の行使は、その国と地域の民衆の生活と幸福を奪うことでしかありません。一九九〇年代以降の地域紛争への大国による軍事介入も、紛争の有効な解決にはつながりませんでした。だからこそ、東南アジアやヨーロッパ等では、紛争を、外交と話し合いによって解決するための、地域的枠組みを作る努力が強められています。

 二〇世紀の教訓をふまえ、二一世紀の進路が問われているいま、あらためて憲法九条を外交の基本にすえることの大切さがはっきりしてきています。相手国が歓迎しない自衛隊の派兵を「国際貢献」などと言うのは、思い上がりでしかありません。

 憲法九条に基づき、アジアをはじめとする諸国民との友好と協力関係を発展させ、アメリカとの軍事同盟だけを優先する外交を転換し、世界の歴史の流れに、自主性を発揮して現実的にかかわっていくことが求められています。憲法九条をもつこの国だからこそ、相手国の立場を尊重した、平和的外交と、経済、文化、科学技術などの面からの協力ができるのです。

 私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考えます。そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、九条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です。それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。

2004年6月10日

井上 ひさし(作家)   梅原 猛(哲学者)   大江 健三郎(作家)
奥平 康弘(憲法研究者) 小田 実(作家)    加藤 周一(評論家)
澤地 久枝(作家)    鶴見 俊輔(哲学者)  三木 睦子(国連婦人会)

                             


元海兵隊員 戦争を語る   (2008年 新社会から紹介)

 元米海兵隊員のアレン・ネルソンさんの体験談を聞く集会が、8月5日、あさひかわ九条の会や旭川市内各地九条の会、当麻・美瑛・富良野等周辺の九条の会、及び個人で実行委員会をつくり、旭川市で行われた。
 1996年からは、日本各地でも講演活動を行っており、ネルソンさんは、「これがほんとうの戦争だよ」をテーマ反戦歌の弾き語りを交えて次のように語った。

 はじめに

 数年前、日本に来た時、広島・長崎の原爆博物館を見て、涙が止まらなかった。女性も子どもも学校も病院も全てを破壊するのが最悪のテロ。アメリカは他国のテロを批判できない。被傷者に謝罪して、責任を取るべきである。
 沖縄に多くの基地があるのは、日本を守るためでなく、軍事力で日本を占領するため。守るための戦争などありえない。第二次大戦で戦争を体験した沖縄の人たちはそれを良く知っている。日本人はアメリカの基地を撤去させるべきである。

 貧者が戦争に

 ベトナム戦争で知ったことを話そう。
 私は、アメリカのスラム街で育った。家が貧しかったので、高校を中退して、18才で海兵隊に入った。母が喜んでくれると思ったが、怒って失望して泣きだした。
 日本では見かけないが、アメリカではどこでもスラム街があり、生活できない人たちがいる。
 アメリカには戦争をする金や核や大量破壊兵器をつくる金はあっても、貧困を救ったり生活に必要な物をつくる金はない。入隊によって貧困から抜け出し、未来の扉が開けると信じる。
 世界の戦場で戦うのは、貧しい人たちばかりだ。テロとの戦いが必要だというが、ブッシュの二人の娘は入隊しない、小泉元首相の息子は、テレビには出ても、自衛隊には入隊しないし、イラクにも行かない。

 海兵隊で学ぶ

 海兵隊で先ず学ぶことは、口を閉じること、考えこいこと、上官の命令にだけ従うことを徹底的に教育される。いろいろな国の政府は、平和を守るため、という言葉が好きだが、訓練では、平和について全く学はない。人を殺すことだけを学ぶ。上官の「お前達は何のために訓練しているのか」の質問に対して、私たちは人を殺すため」と大声で答える。海兵隊に入ることは、人を殺すことだ。もしくは、殺されることだ。
 アメリカでの訓練後、ベトナムに行くために沖縄に来た。嬉しかった。戦争映画のヒーローになる気持ちだった。沖縄での訓練は、山に入り、実弾や戦車を使い実戦訓練に入った。射撃の標的も「牡牛の目(同心円の
的)」から「人型」に変わった。アメリカでは、銃の撃ち方を学び、沖縄では実際の「人の殺し方」を学んだ。
 1966年、ベトナムヘ。全く恐ろしくなかった。沖縄に来た時と同じ心境で、興奮していた。美しく相手を殺し、女性や子どもたちを救おうと思っていた。

 人殺しの戦争 
           
 しかし、本当の戦争は、ルールが全くなかった。どんな方法でも敵を殺すこと。敵が寝ていれば寝たまま、食事中であれば食事の最中に。そして、苦しみもがきながら死ぬ。美しい死などありえなか
った。
 どの戟争でも、いちばん苦しむのは女性と子ども。そして高齢者である。男性は銃を持って闘うが女性は子どもを連れて隠れ、高齢者は逃げ遅れる。
 隠れた場所は数日で子どもが耐えられず、声を出すのですぐわかる。死んでいれば、ハエの羽音と死臭でわかる。遺体は集落の中央に並べ数を確認する。欠損している遺体は欠損部分を捜す。

 私は変わった

私を変えた事件がある。私たちは北ベトナム兵の奇襲を受け、多くの仲間が戦死し、残ったものは隠れ場所をさがした。私はベトナム人が空爆を避けるためにつくった民家のシェルターに隠れた。ところがなかに、まだ十代位の女性がいて、私を見て、恐怖に震えながら、苦しそうにしている。何か起きているのか咄嵯に判断できなかったが、女性は出産中たった。
思わず差し出した私の両手に赤ちゃんを生んだ。
女性は、私の手から赤ちゃんを奪い、ジャングルに消えた。私は誰にもこのことを話さなかった。この時から私は変わった。人間を殺すことばかりを学び、人間の誕生など想像もつかなかった。ベトナム人も人間であることに始めて気づいた。軍隊では、必ず敵を非人間化する。原爆を落としたパイロットは、人間でない鼠と同じジャップが相手と考え、アメリカでは今でもイラク人を「サッドモンキー(砂漠の猿)」と呼ぶ。日本でも、かつて「鬼畜米英」と非人間化した。
 赤ちゃん事件以後、私は、ベトナムの女性や子どもと仲良くするように努めた。軍の食料や薬品をこっそり与えたりした。

 世界に9条を

 今話したことは、ベトナムで初めて起きたことではなく、前からあったことであり、今でも続いている。
 世界のほとんどの国の子どもたちは、アメリカでもベトナムでもイラクでも、多くの国々で戦争の被害にあったり、悲惨さを知っている。しかし、日本の子どもたちは知らない。
 それは、憲法9条で守られていたから。
 日本でいま9条を変えようとする動きがあるが、今度は皆さんが9条を守る番です。それは日本だけのためでなく、世界のためになるからです。そして、世界の全ての国々で9条のようなものができれば良いと思います。

                              戻る